【寄稿】
初めに、本があった—展示「ある革命ストライキの記録」に寄せて/エビハラヒロコ

2022年9月に発行の『アナキズム文献センター通信』62号に掲載したエビハラヒロコさんの「初めに、本があった—展示「ある革命ストライキの記録」に寄せて」をウェブにアップします。(一部文言修正)

初めに、本があった—展示「ある革命ストライキの記録」に寄せて

富士宮にある文献センターの書庫には、アナキズムに関するスペイン語の書籍のコレクションがある。「平井文庫」と名付けられた、エスペランティストの故平井征夫氏の蔵書の一部だ。文献センターのサイトに掲載されたリストを一瞥しただけで、スペインにおいてさえ限られた場所でしか手にすることのできない貴重な本が日本にあるとわかった。実物を手にとってみるために現地に赴くと、富士山の麓に広がる茶畑の中にポツンとある小屋がセンターの書庫(移転前の旧書庫)だという。中に足を踏み入れて、スペイン語のタイトルがぎっしりと詰まった書棚を目にしたとき「亡命アナキストの本棚みたいだ!」と思った。

バクーニンの使徒ファネッリが運んできた「インターナショナル」の種が印刷工の手に落ちて以来、スペインのアナキズムは本と密接な関係を築いてきた。「人は知識によって解放される」と考えるスペインのアナキストにとって、知識を紙に封じ込めた物体である本は特別な意味を持っていたからだ。 例えば、1920年代のバルセロナが舞台の小説『Memòria d’uns ulls pintats(縁取られた目の記憶) 』にアナキストと本の関係を巡る象徴的な一場面がある。CNT組合員である主人公の父が 家の中に祭壇のような一角を作って、敬愛する詩人にサインをもらった詩集を大事に飾っているという描写だ。著者のリュイス・リャックは、フランコ軍事独裁政権時代に公的な使用を禁じられていたカタルーニャ語で歌い、それが原因で亡命者となった過去を持つ。亡命先のパリで知り合った亡命アナキストたちへのオマージュとして本書を書いたという。

こうした信仰にも似た、アナキストの本にかける情熱を最も良く表しているのが「アテネオ(Ateneo)」の存在だろう。ギリシャ神話で知識や芸術を司る女神「アテナ(Atena)」を語源に持つアテネオは、労働者に学びの機会を提供する場として労働者が自主運営する文化施設を指す。独学を基本とするアナキストの神殿である図書室を備え、講演や学校の運営も行った。スペインのアナキズム史ではCNT(Confederación Nacional del Trabajo/全国労働者連盟)が圧倒的な存在感を放っているため、スペインのアナキズムというとシンディカート(Sindicato/労働者組織)のイメージが強いが、実際にはアナキストの労働者組織が表舞台で活動できた期間は極めて限定されており、シンディカート非合法時代にアナキズムの火種を守る役割を果たしたのがアテネオであった。だからこそスペイン内戦末期、バルセロナが陥落すると反乱軍のファシストたちは真っ先にアテネオに向かったのだ。アナキストを宿敵とみなすファシストはアテネオの重要性を熟知しており、施設を破壊してその蔵書もろとも焼き払った。

「スペイン・アナキズムの祖父」と呼ばれる印刷工アンセルモ・ロレンソは「すべてのシンディカートはアテネオを持たなければならない」と言った。「本を集めることで人を集める」ことがアナキストのプロパガンダの戦略であり、アテネオはそのプロパガンダの中心地だったのだ。民主化後、バルセロナのアテネオ再建はアナキズムに関する出版物を収集する文献センターの機能の回復から始まり、 そのコレクションの一部が2016年の文献センターアナキズムカレンダー「スペイン革命80周年」に掲載されている。スペインのアナキズムに魅せられてきた私は平井文庫に誘われて連絡を取り、本の周りに人が集まることで文献センターという組織が存在していると知って、その活動に参加するようになった。

私にとって文献センターの最大の魅力は「本のための組織」であることだ。平井文庫はアジア屈指のアナキズムに関するスペイン語書籍のコレクションであり、文献センターの蔵書にも延島英一の「イタリア・スペイン・ポルトガル 社会運動史」の合本を始め、スペインのアナキズムに関する日本語の貴重な文献がいくつもある。さらに素晴らしいことに、文献センターには国会図書館でも閲覧できないテキストが山のようにあるのだ。「これを眠らせておくのはもったいなさすぎる。なんとかしなくては」と半ば使命感のようなものを感じたとき、その価値を理解してもらうには、まずスペインのアナキズムを知ってもらう必要があると気がついた。その第一歩として企画したのが『ある革命ストライキの記録』のプロジェクトである。メインはアナキズム革命に先行する1932年にカタルーニャに点在する鉱山の村々で起きた挫折した革命を扱った展示で、カタルーニャ語のテキストを翻訳したものに解説をつけて紹介する。現地では90周年記念に人口6000人ほどの鉱山の町の郷土史の枠組みで企画されたため、アナキズムに興味がなくても「より公正な世界」を求めた民衆の物語として楽しめる内容になっている。同時に「書物が語る歴史」を垣間見る試みとして、文献センターの蔵書の中から展示のテーマ「スペインのアナルコサンディカリズム」に関連する書籍を展示する。

歴史的事実と本を組み合わせることでアナキズムの新たな一面を紹介できれば、さらに多くの人がアナキズムに興味を持つはずだ。一人でも多くの人を文献センターの蔵書に集めること。これが私の密かな野望である。我らが聖ロレンソなら言ったであろう。「初めに、本があった。本はアナルキアとともにあった。本はアナルキアであった」と。


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